しあわせ街道 膝栗毛

心豊かに穏やかに。ひとり楽しい生き方の模索録。

描きたい絵がわからず、描画意欲も失せていた私だったが…脱却できた理由を分析してみた。

はじめに

 

タイトル通り、

「自分の絵がわからない」

「年々、絵を描きたいと思わなくなってきた」

なんてずっと考えながら、年を重ねる。そんなアラサーだった。

 

小さい時から、絵を描くのは自分の取り柄で趣味だと思っていた。

それなのに、今更絵を描くのを辞めるなんて寂しい…

でも実際、絵を描いていない。

 

正直、絵との付き合い方がわからなくなっていたところだった。

 

それなのに、2020年は、私にしては絵を描いた年となった。

 

なぜ絵を描いた年になったのか

理由を考えてみた。

絵の系統 編

前半
「どういう絵が描けるのかわからないけど、とりあえず描いてみよう」期

過去記事。

www.yurubotoke.com

とりあえず描く!でも描きたいものが無い…

ということで、過去撮った好きな写真を手本に、模写。

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ブログ記事の挿絵の為に、描いてみたり。

"挿絵"という名目があると、深く考えず心軽く描く自分がいた。

 

今までなら「何描こうかしら……」と悩んだ途端に筆が進まなくなっていたのだけれど。

 

ブログの挿絵の場合は、

「4月かぁ、桜と何かの動物を描こう〜」

程度のテンションで描ける不思議。

 

過去を振り返ると…

「きちんとした絵にしなければ」という思いを常に抱いていた。

毎度、作品を作るくらいの気力が必要だったのだから、それはしんどかったことだろう。

 

後半
「"幸せ"にテーマを絞って絵を描いてみる」期

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「夕方、肉を焼く匂いのする居酒屋の前を通るの幸せだよね〜!」

「そんな中、ビール飲むの幸せだよね〜!」

  ↓

「じゃあ、ビール飲むのを楽しみにしている生き物を描こう」

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こんな、ストーリーを感じさせる(?)イラストを描くようになった。

 

・常日頃から思っていることを、イラストとしてアウトプットすればいい

・しかもネタが浮かびやすいから、苦ではない

 

結果、割とイラストを描き上げることができる。

 

 

気付いたこと 編

2020年、絵を割と描いた年に、ようやく気がついたこと。

 

「自分が描ける絵」がわかってきた

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今までの私は、数を描かずして、

「自分の描く絵(のテイスト)がわからない」

「どういう絵を描きたいのかがわからない」

と思っていた甘ちゃんだった。

 

今年になって「とりあえず!」と多めに数打ってみたら、自分が描きやすいものは、そんなに数無いことがわかった。

 

テイストは違えど、絵を描く楽しみはそれぞれに感じる。

けれど、これなら楽に描ける!というものは、数少ない。

 

 

そんな過去記事。

www.yurubotoke.com

描きたい絵と、描ける絵が違った。

描ける絵を描いたから、数打てたのだ。

 

そして、「自分が描ける絵」が、だんだんと「自分が描きたい絵」になってきた。

 

「自分が描きたい絵」の多様性に気づく

「自分が描きたい絵」は、絵柄の意味で使っていたけれど、

自分の考えや思考を投影することも含まれるのだと気付いた。

 

要は、

「"絵柄"は、自分がサラッと描ける絵。でも"内容"は心から描きたい絵」

というのも全然あり。

それでも自分を満たすことができる、ということ。

 

見た目か、中身か。

 

若い頃は、

「見た目が好きだったら、中身は残念でも許せちゃう♡」

と一瞬のトキメキ重視だったけど、年々、

「中身が心から好き。見た目は普通だけど。」

の方が心が満たされることに気付くもので。

 

どちらがいいとかではなく、その時その時の向き不向きや楽しみ方がある、という話。

 

絵を描くにあたり自主的に試したこと 編

インスタグラムを始めた。

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「こういう絵なら描きやすくて、続けられる、かも?」

という絵柄に絞って投稿する、インスタグラムのアカウントを作った。

 

開始当初は、毎日のようにイラストを描いていた。

なるべく継続投稿を目指していたので、「時間がない!!」と焦りながらも充実した日々を送っていた。

 

半年経った今、ブログ同様、継続ペースは落ち込んでいるのが現状。

でも、ネタができたら投稿したい、という気持ちは相変わらず抱いている。

 

この頃は、絵柄は同じでもちょっと方向性変わってきた感じもある。

それもこれも、インスタを立ち上げなければ比較しようがなかったことだから、

インスタは始めて正解だった。

 

SNSなどでイラスト系ユーザーをチェックしなくなった。

いい意味で刺激を受ける人は、管理できる範囲でチェックしているけれど、基本的に、イラストメイン系のSNSは、見ないようにしている。

 

理由は以下の通り。

・自分は他人に対して劣等感抱きやすいタイプ

(ようやく自己肯定感が回復し出して生きやすくなったところ)

・いいこと悪いこと含め、周囲からの影響を受けやすい

・キャパが小さいので、自分がしないといけないものを最小限にしたい

 

必要以上に刺激を受けないので、マイペースに絵を描くことと向き合える

 

それによるデメリットは、

自分が描くものが、需要があるのかよくわからない点

つまり、流行りがわかりにくい。

どういうものが人気で、求められていているのか、が自分の視界に入ってこない。

(これは、自分がチェックしないというメリットの裏返しでもある。)

 

あとは、絵描きの特定の誰かに憧れなども抱いていないので、

"憧れ"からくる、「この人の絵、好き!真似したい!」

からの「画力急上昇!」みたいなミラクルも起こりにくい点

 

 

需要があるから描くのではなく、自分が描きたいから描いているので、

評価されようとされまいと構わないのだけれど。

 

とはいえ、まぁ、いつか誰かのお役に立てたらという思いはあるので、

バズりは微塵も求めていないけれど、1人でもどこかで響くことがあれば嬉しいかなぁ。

 

終わりに

以上、描きたい絵がわからず、描画意欲も失せていた私が、

その負のループからちょっと抜け出せたかな、と思った2020年を振り返りだった。

 

やはり、絵描きの皆さま仰るけれど、

とりあえず、描いてみることが大切。

そこからわかることもあるし。

 

だけど、そこに至るまでが私は非常に困難だった。

だって描きたい何かがあるわけじゃないもの。

 

だったら、何なら描ける?何なら継続できそう?と自分に問ってみる

継続できそうなものを、とりあえずやってみる。

今より、少しでも先へ進めば、今とは違う見方や考え方ができるかもしれない。

 

「進みたい道がわからない」

と、歩みを止めて道端で座り込むより、

「どうすれば、あるいはどの道なら進みたいと思うのか?」

を、ちょっとでも探索しつつ進むことも、進みたい道を探す1つの方法なのだと、今になって思った。

 

 

おまけ。

半年前に、絵関連じゃないけれど、似たようなことで悩んでいた時の記事。

www.yurubotoke.com

同じようなこと書いている…笑

成長しているんだかしていないんだか、わかりませんね。