しあわせ街道 膝栗毛

心豊かで穏やかに。アラサーの人生模索忘備録。

「自分の描きたい絵」と「自分の描ける絵」を見極めるコツ

「自分の描きたい絵・自分の描ける絵」を見極めるコツ

「こういうことをする〇〇」というイメージが湧いたものを描く

「こういうことする〇〇を描こうかな」が個人的キーワードだと思っている。

それで描けるものが、自分の描ける絵であり、描きたい絵でもあるのだ。

もちろん、抽象画や風景画の場合もあるので一概には言えない。

 

「ビール飲むのを楽しみにしている生き物を描こう」

と思ったとして。

舞台は、こじんまりとした居酒屋。

その中でしっぽり飲み始めた美女を描く!

というイメージが強すぎれば、私は間違いなく断念する。圧倒的画力と表現不足。

 

でも実は私、元々は、人物イラストばかり描いていたタイプの人間だった。

だから、今まではこう思っていた。

「あーあ、描きたいのに描けない。私が描きたい絵って何なんだろう?」

 

 

「自分はこういう絵が描きたいはず」という固定観念が強すぎたのが問題だった

「私は人物ばかり描いてきた。

人物を描くのが上手い人のこと、憧れる。ああいう絵が描けるようになりたい。」

そう思い続けてきたけれど。

好きだった。描きたい絵だった。

でも、今まで描いてきた絵は、本来自分が得意とする絵ではなかったことに、最近ようやく気が付いた。

 

ということで、、

今年「ビール飲むのを楽しみにしている生き物」を描いたイラストが、こちら。

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趣のある(?)居酒屋で

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キラキラ光るビールを眺める

上記例えで出した、居酒屋美女の固定観念からは脱却したイラストとなった。

 

…元々の元々は、動物系イラストもちょこっと描いていた。

しかし、漫画をたくさん読むという人物画欲が刺激されていた中高時代、動物イラストは描きたいテイストではなかったし、

こんなの元々の自分の絵柄ではない!!と、この絵柄はずっと封印していた。

このテイストを描く自分をなかなか認められずにいたのである。

 

だけど、描き続けてみることができているのである。

これは現在進行形の話。

ずっと「絵が描けない」と思い込んでおり、絵を描かなかった私が、なんだかんだ継続して描けているのである!

この絵柄ならね!!

 

それって、酸っぱいブドウなのでは?逃げているだけでは?

何を描いたかではない。トータルで満足できれば、それもまた楽しみ方の一つ。

好きだし描きたかった絵ばかり描いていた頃と、描けるものを描いている今と。

描き終えた後の満足感(悦に入る時間とか)は、変わりが無い。

 

私の場合は、何を描いたかより、

・絵を描く時間、無になれた

・表現したいことを出せた

・今可能な限りのパワーを注ぎ込んだ最新の作品という生みの親感

というようなことに満足感を覚えているようだ。

 

好きだけど苦手なイラストを描いていた頃は、時間をかけた割に大したものが描けなくて、そして、他の人と比較しちゃったりなんかして。

満足感を味わうと同時に、なんかちょっと力不足感も抱いていたなぁと思い返す。

 

通行困難な道を避けて通るのも、歩み進めるための一つの方法。

ということで、苦手なものからは逃げていい。

自分の中で新しい道を見つけたならば、そこに進むのは自然な流れ。

 

好きなことや憧れより、できることを。

 

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きぬと、魚。 両者憧れ。

苦手なものから逃げる、というより…

魚が「陸に憧れがあるんです!!」と陸での生活を希望するよりかは、

海の中で、自分の体にあった生活を送る方が、体の作り的には合っているよね、という感じ。

 

好きなことや憧れも原動力となるけれど…

自分に合う(自分が苦に感じない)状態こそベストパフォーマンスが出せる条件だと思っていて。

できることを続けた先にも道はある

 

 

ちなみに今回の件に限らずだが、「この悩みについての答え、出た!」と思って文章にするのだが、如何せん自分も思考がグラグラする部分も多いので、自分自身にも言い聞かせるために忘備録として記事にしている部分がある。

自分が生きやすくなった先に、人にも返していけると信じて。

 

ではまた。