しあわせ街道 膝栗毛

アラサー社会人の人生の楽しみ方 -模索編-

書道に無関心だった私が、いまさら書道教室に通い始めた理由

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2019年から、書道を習い始めました。

「小筆」の実用とかなを学んでおります。

 

今2020年なので、書道の小筆を習い始めて、1年以上が経過しました。

(今と昔の、字の比較記事もあります。↓)

www.yurubotoke.com

  

ちなみに私は、独学でもそこそこなんとかなりそうだ、と思っていた人間です。

今回は、そんな私が、書道教室に通い始めたきっかけと、その一連の流れについて記事にしました。

 

私は割と頑固で面倒臭い人間なので、

「字が綺麗になりたい!」 → 「よし、書道習おう!」になるまで、時間がかかりました。

この「→」に、何を考えていたか…

それをこの記事にてご紹介いたします。

 

 

 

中学・高校時代と書道

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小・中・高校での書道に抱いていたイメージ

中学・高校時代、実は書道の授業が苦痛で仕方がなかった私。

"書道"はモノクロで堅苦しいイメージがあって乗り気せず。

道具でいえば、筆は固まらせてしまうし、セラミックの硯はこびりついた墨汁で表面ツルツルだし、書道鞄には書き損じた半紙を入れっぱなしにする様からも嫌悪具合がお分かり頂けるだろう。

極め付けは、お手本を見てもそれなりなものしか書けず、書道の楽しさを見出せなかったことでしょうか。

 

 社会人と書道

"書道"や"字を書く事"に対するイメージが変わったのは、社会人になってから。

とはいえ、社会人になりたての頃は、趣味や特技、字を書くとかそういう+αの大切さに気付いていませんでした。

社会人の偶像に憧れた入社当時の価値観

【結婚などして状況が変われば、自分も自ずと変わるのでは!?と期待していた】

入社して、何かしら自然な出会いで出会った人と恋に落ちて、付き合って、4年目で結婚、5年目で退社…! 

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どうせ将来は人と暮らすんだろう、と自分の充実を疎かにしつつあった20代前半。

 

…なんて甘い妄想を描いていた入社当時。

本当にどうかしていました。いろいろな意味で甘すぎる。と恥ずかしい限りです。

 

当時は脳が少女漫画の特盛セット状態で社会に出たので、簡単にいえば、結婚したら幸せになると思っていました。

「状況が変われば、自分も変わるだろう」

「パートナーができることによって、自分や自分の生活が変わって楽しくなるだろう」

「パートナーと一緒にすることを、自分の趣味にすればいいじゃん」など。

 

まだ見ぬ他人に、自分を変えてもらおう、自分の将来を決めてもらおうとしていたんですね。

(このあたりの話を掘り下げると長くなるので、この度は割愛。

そして、こういった考えではいかん!と思ったことが、このブログを始めたきっかけに繋がります。)

日々に変化と充実を求めた社会人3年目以降

【他人に求めない生き方。自分を充実させたい。】

そんな入社当時の甘い妄想が崩れ始めたのが、入社して3年目あたり。 

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絶望と虚しさを感じる日々

パートナー探しも多少首を突っ込んだけど、虚しいだけというか…

そもそも自分自身が自信を持てる自分じゃないことがコンプレックスで。

 

そして、会社にも慣れ、同じような日の繰り返しだということに、絶望し始めた。

日々に変化が無く、ただ何となく日々生きている感覚。

 

そこで求めたもの

→変化、刺激、充実

 

独学で筆ペン字を練習し始めた

【生活に変化が起こる。芸は身を助く。】

 

「会社でもなんだかんだ字は筆記するし、今書いている字が綺麗になったなら、身近に変化がわかって楽しそうかもしれない。」

と思い立ち、本屋さんで「1ヶ月でペン字(筆ペン字)が綺麗になる」系テキストを購入し、練習することにしました。

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「1ヶ月で字が綺麗になる」系テキストで独学。終了までに1年かかった。

のちに、会社にて、自分の筆記した字をお客様から褒めていただくことがありました

会話のきっかけ作りのためのお世辞だったのかもしれません。

しかし、社会人になって、褒められる機会・自分の技術を披露する機会が圧倒的に少なくなり、凡人Aになっている感がありました。

そんな時に立て続けに褒めていただけたので、嬉しかったです。

 

また、筆ペン練習に慣れ始めた頃、会社の同僚や家族から、のし書きを頼まれることもありました。

自分のスキルを披露できること、そしてできることを頼んでもらえることも、やりがいに繋がりました。

 

→褒められる喜び、変化する喜び

→スキルを求められる喜び、人に還元できる喜び

 

身近に書道を習っている人が何人かいた

職業柄、人の筆ペン字を拝見することも多々あります。

職場に、書道を習っている人、大学で書道を専攻していた人がいて、やはり皆さんものすごく美しい字を書かれる。

 

こういう字が自分で書ければ素敵だろうな…

書道を勉強し努力すれば、こんなに美しい字を自分の手から生むことができるのは確実。

だったら書道教室に通ってみる選択肢もありかもしれないな…と何度も考えました。 

 

 

習う条件は揃った!…が。

これだけ「書道って素晴らしい!」条件が揃ったなら、習い始めるしかないでしょう!

…と思いきや。

当時は、独学でも満足していました。

「それなりに綺麗な字がそれっぽく書ければいい」

「書道って筆と墨を使うし…日常で筆と墨は使わないし、筆ペンでいい」

などと考え、書道を習うつもりはありませんでした。

 

独学練習で満足していた私が、書道教室に通い始めた"最後の一押し"

書道に興味は持った。

身近に書道を習っている人もいて、習えばこれだけ上手くなる!というのも目の当たりにしている。

それでも頑固に独学でいいやと思い続けていた自分でしたが…

結局、書道を習うことの最後の一押しとなったのは、趣味である「絵」でした。 

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社会人になって、ずっと、絵を描くことに関してもやもやを抱いておりました。

思うように描けない。そもそも描きたいものがない。描いても自分の絵っぽくない。

 

そんな時に、仙崖の禅画に出会いました。

墨でサラサラっと描いたようなラフさに魅了されたのです。

 

堅苦しい絵や、圧倒されるような絵、きちんと描き込んだ絵こそ、人が称賛する絵だと思っていたけど、今も昔も、仙崖の絵に救いや癒しを求める人はいる。

なーんだこういう絵でいいんだ…!と、絵に対して抱いていた凝り固まった考えが、柔軟になりました。

(仙崖の絵は凄いです。ただ、ゆるさも持ち合わせていて、凄いけど人を圧倒させない。身近さと親しみやすさを感じるので、大好きです。)

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そうしたら、試しに半紙に墨と筆でなんか描いてみたくなって、描きだすと、時間も忘れて熱中して、何枚も描いた。

その集中に、達成感や満足感を得たのを覚えています。

 

今まで、文字練習にしても、筆ペンでしか練習しなかった。

墨と筆、なんかいいかもしれない。

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そこで…

絵と一緒に書いた字を見た時に、

字がお粗末だな…せっかく字を書くなら、いい字を書きたいな…と思ってしまい、

ここでようやく、書道を習ってみよう、プロに頼ろう、という気になりました。

 

書道に関して考えているときは、自分の字を色眼鏡(?)で見ていたのか、別に書道を習うほどじゃ…と思っていたけれど、

ふと書道から離れて、絵という別ジャンルの延長線上で客観的に自分の字を見た時に、ショックだったんですね。

 

変な例えですが、外出先でふと映った自分の姿や、気を抜いた時に写された写真を見たら、自分姿勢悪すぎ…体型もいつの間に変わっていたんだろう…と気付くようなものでしょうか。

意識した時姿勢良くに見えればいいよ、と思っていたけれど、これは本格的にジム(パーソナルトレーナー等)に通わねばならん…!

家で筋トレするにしても、正しく筋肉・運動・食事について知ることは大事です。

 

よって、ここで、ようやく書道教室を探し始めました。 

 

まとめ

書道に対して否定的だった私が、書道教室に通い始めるまでを綴りました。 

書道を習う前の心理状況

・社会人になって、幸せの価値観が変わった。自分とは。芯となる部分の強化。

・日常に変化・刺激・充実が欲しい。

・書道を勉強することで、確実に字は美しくなることは知っている。

 

字が上達することのメリット

・褒められる。やればやるだけ変化する。

・スキルを求められ、人に還元できる喜び。

 

それでも独学で頑張りきろうと思っていた私へのトドメ

・客観的に自分の字を見た時に現実を知る。

・どうせ書くなら、いい字を書きたいというシンプルな願望を抱いた自分に気付く。

 

 

「私には絵があるし」と、その他を切り捨てていた10代。

でもなんとなく絵を描かなくなって、自分のアイデンティティを失いつつあった20代、自分のできることを増やそうと始めた「書」。

絵を描きたく無いときは、書を練習した。

書にいまいち乗り気でなかった時は、絵が後押しした。

 

また、字が綺麗になったことにより、新たな縁が繋がることもある。

 

芸は身を助く。

生きて経験したこと・得たことが、どこでどう繋がるかわからないものですね。

 

 

ではまた。