しあわせ街道 膝栗毛

心豊かで穏やかに。アラサーの人生模索忘備録。

「植物育てて何になるのか」と思っていたのに

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(左)ヒアリウムと(右)何か

植物ってあえて育てるものなの?とすら思っていたのに

 「植物育てて、いったい何になるのさ?」

ーーー枯れるか、成長するかのどちらかじゃないか。

虫嫌いなのも要因の一つ。

ペットのように懐いてくれる訳でもない、食用の何かでなければ食材に使える訳でもない。

 

そんな痩せた土壌のような感性の持ち主だった私だが、最近、多肉植物を育て始めた

 

多肉植物を育てるのも、あり…かも?

多肉に興味を持ったきっかけ

10月のある日。

たまたま立ち寄った道の駅に、多肉植物などの植物ポットが販売していた。

結局購入には至らなかったけれど、販売コーナーで立ち尽くす私。

 

そういえば会社の大きな観葉植物の植木鉢の隅で、皆に気付かれず健気に育っていた植物、あれは多肉植物だった。

プリッとした葉が可愛くて、なんだかんだ結構水やりしていたなぁ。

(のちに、これは徒長した姿だと判明した訳だが)

 

と思ったら、多肉を側に置いてみたいなぁと、急に多肉植物が気になり出して。

でも虫が嫌いだしなぁ…と思ったところから、室内で育てられるのかなどを、帰宅後、調べ始めた。

 

多肉について調べ始めた

初期

・多肉植物は日が照り水が少なく乾燥した地域の植物だということ

・増やし方が面白い

・多肉植物は色々な種類がある

・種類一つ一つの名前が面白い。

 タニラーさん達は、業界用語のごとく多肉の名前を呼び当てるのがなんか凄い。

・というか多肉好きな人のことをタニラーというらしい。

 

なるほど、面白そうな世界だけど、自分にはちょっと無理かも…

でも、多肉の1つか2つくらいなら育てられられるかもしれない。

 

中期

・土

・殺虫剤

・ポット・植木鉢

これらを探しにホームセンターに足繁く通ううちに、フットワークも軽くなったし、行ったことがない土地の園芸店にも足を運ぶことにより、行動範囲の広がりに喜びを感じた

また、「この植物、ネットで見かけた!実物こんな感じなんだ!」というように植物関連のアンテナが張られていくのを実感した。

 

後期

自室では多肉は育てられないかもしれない…

それは、深刻な日照不足

窓はあるからそこそこ明るいんだけど、直射日光が当たらない。

南向きのベランダがあればなー…

 

と思ったところから、公共交通機関に乗った時に、流れゆく街並みのマンションや一軒家のベランダを拝見し始める

結構みんな植物をベランダで育てているんだな〜

こういう家なら多肉育てやすいだろうな〜

など、飼育者目線で見るようになる。

自分がもし引っ越すんだったら、こういう家に住みたいなどという願望まで抱くようになる。

 

(結局、植物育成ライトを買うこととなった。成長しているかどうかはまだわからない。)

 

色々調べて、植物に関する悩みを抱く日々は幸せだった

毎日毎日、Youtube、インスタ、ブログ記事など、ネットで検索。

スマホのネットタブが、いくつも多肉関連で開きっぱなしの日々。

「ちょっと可愛いなって思って」

から始まった多肉植物への興味が、

「育てるためにどうしたら…」

と、より現実味のある不安や悩みとなり、毎日を多肉植物漬けなものへと変化した訳だけれど。

今思えば、頭の中がこれらの思考でいっぱいの最中は、まさに幸せそのものでした

 

「植物が手に入るから幸せ」「植物を手に入れたから幸せ」なのではない。

自分の世界が広がって、違う世界が見え出したこと、

気がついたら考えだす何かができたこと、

気がついたら夢中になっていること、その最中。

要するに、何かしている課程や最中は、確かに幸せだった

そしてそのことに気付いた今も

 

植物って「枯れるか、成長するかの二択」じゃない?

育てても楽しくないのではと思っていたけれど

いざ育て始めると、ちゃんと育つだろうか…とドキドキしている。

そんな季節は晩秋で。(多肉初心者、初めての冬を越せるか心配)

「植物育てて何になるんだ」と思っていた私は、もはや存在しない

 

枯れるか、成長するかの二択だからこそ

自分の行動次第で、植物が元気になるかダメになるかが決まることを知る。

植物を育てる皆さまをネットで拝見する限り、「元気がないな」と思ったら、日に当ててみたり、水をやってみたり、肥料をあげたり、虫を疑ったり、色々試行錯誤しているようで。

しかも、そういうことをしたって、おみくじみたいにすぐに結果が出る訳じゃない。

例えば自分の健康などもそうだけど、ちょっとずつちょっとずつ変化していって、目に見えた変化に気付くのは、その行動の1日後から何日か経った後だったりする。

 

「あー植物が枯れちゃってるー」じゃないんだと。

声なき植物に対し、だから自分は今どういうことができるのかと問う

その判断や行動が正しいかどうか、今すぐにはわからないけれど…

 

「今」を生きるとは、そういうことなのかもしれない。

だからこそ、成長した時の喜びは"ひとしお"だし、元気なのが当たり前じゃないと気づかされる。

もちろん、これは人間にしたってペットにしたって、同じことが言えるかもしれない。

 

気付いたら、他の植物にも興味が湧いた

多肉植物に興味を持ち始めて、植物についても知ることになる訳だけれど…

意外と、行く先行く先、木や植物がそこらにあった。

というか、今まで見えていなかったんだ、とそんな自分にも驚く。

今まで何の情報もなかった通り道が、一気に楽しくなる不思議。

 

色々なちょっとしたことを知っているおじいさんとか、自分が幼い頃かっこいいなぁと憧れたものだけど…

それは、息をするように学ぶ感覚、つまり何でも興味を持って自分の知識にしてしまうことの積み重ねによる豊さが織り成したものだったのかもしれない。と思った出来事。

 

昔の「植物育てて何になる?」と考えていた私の思考を振り返る

現金主義というか、メリットがないと動かないというか…

 

私の場合、

1、2歩先のことだけ考えていればいいのに、

「20歩先で転んだらどうしよう」

「50歩進んだ時には、自分はそういう気分じゃなくなっているかもしれない」

と、遥か先のことを頭で考え過ぎてしまう傾向があるのかもしれない。

 

20歩先のことは、18歩くらい進んだ私が考えるだろう。

その頃にはきっと、別のことを考えているだろうし、全然大丈夫ジャンと、そもそもその考えや悩みは消え去っているかもしれない。

 

植物に虫がついたらどうしよう、と心配する前に、まずは植物を育てなはれ。

土や殺虫剤の工夫をして 、それでもついたら、その時に考えるべきの話。

なぜならば、植物と虫はセットだから。

育ててもいない植物に付く虫の心配は、無意味。

 

そして同時に、育ててもいない植物のメリットを考えるのも、無意味。

なぜならば、

やってみないとわからない苦労や楽しみがあるのだから。

癒しだったり幸せだったり…

育てた先の幸せではなく、育てている最中に、自分が何を感じるかだから。

 

おわりに 

この度は、多肉植物の話をしたけれど…

何についてもこの考えは通じることだと思う。

 

そういう思いから、描いた漫画がこちら。 

www.yurubotoke.com

直接は関係ないけれど、過程を楽しめたら幸せってことじゃない?という話。