しあわせ街道 膝栗毛

心豊かに穏やかに。不器用なアラサーによる、ひとり楽しい生き方の模索録。

【人間関係】「相手は変わらない。自分が変わる。」は、ネガティブか?ポジティブか?

イントロ

前回の記事

の続編を書いていたら、話が脱線に脱線して、当記事が先にまとまった。

今回は、自分を変えることについて、ちょっと思ったことを書いてみた。

 

「他人は変えられない。自分が変わる。」とは

「他人は変えられない。自分が変わる。」

 

割と大人になるまで意味がわからなかった。

「自分が働きかけたら、相手は変わるものじゃん」と。

 

でも、歳を重ねるごとに、「他人は他人」ということがわかってくるもので。

他人が変わるかどうかは他人のことだから、自分がどうこうできるものではない。

 

よくある表現だと

「馬を水飲み場に連れていくことはできても、水を飲むかどうかは馬次第」

というのが近いだろうか。

 

「自分が変わる」のは、ポジティブ?ネガティブ?

じゃあ、「自分が変わる」とは?

 

相手の望むように自分が変わるってこと?

相手がしてくれないなら、自分がやらないと仕方ない、ってこと?

我慢するってこと?

諦めるってこと?

大人な対応をするってこと?

見返してやりたい!(ある意味、相手の望む自分)

 

そうだとしたら、変わるって辛い事だな。

自分ばかり損しているみたい。

 

そう思うと、これからの行動はネガティブ思考によるものだから、変化もネガティブになるだろう。

 

ネガティブな変化は充実感が薄い

変化のきっかけがイライラ、モヤモヤだから、これからその行動をする度に、イライラとかモヤモヤ、相手の顔や態度を思い出す。

 

そうすると、自分の頭の容量がそれらで容量喰ってしまって、取り組んでいるものそのもの・行動自体に100%集中できなかったり楽しめない。

 

私たちは、これからの行動だけ変えられる

今ある相手との関係が残念だったり最悪なら、怒り、悲しみ、辛いとか苦しいとか、きっと色々な複雑な感情が生じることだろう。

それでも、この関係であることは、もう、しょうがない。

それが今の現実。

 

それらの感情を抱いている自分のことは、ちゃんと自分が認めてあげる。

その上で、これから可能なのは、これからの行動選択のみ。

 

「相手のせいで自分が変わらなきゃいけない!」

と思うなら、ネガティブ行動で、相手のことを考えて生きることになる。

 

「自分は相手の行動に対してこう思った。

じゃあ自分はこれからこうしていこう。こういう自分でいよう。」

と思うと、自分のことを考えて生きることになる。

 

すなわち、自分への変化を自分が望んでいることなので、きっかけは消極的ながらも、これはポジティブな選択ではなかろうか。

 

 

変化は、行動は、自分で選択できる。

自分の選んだ道を進めるのだ。

ポジティブなものにするも、ネガティブなものにするも、自分次第だということ。

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歩むところが、あなたの道。

自分が心穏やかな姿が思い描ける自己変化を

"思い描ける"と少し未来的表現をしてしまったけれど…

 

幸せは、未来ではなく、今にしかない。

未来が絶対幸せだなんて、そんな保証はない。

アラサーの若造が思うに、今幸せな選択をしないのに、未来が幸せなはずがない。

 

心の望むことも聞いてあげる

個人的に、「ずっと出来ていたなら良かったな」と思ったのは、頭だけで考えないこと。

 

頭で考えたことと心が感じたこと体で感じたことに、それぞれちゃんと耳を傾けること。

 

特に、頭と心が思っていることは違うから…。

 

全部ひっくるめて自分なのは間違いないのだけど。

 

「心で感じたことだ!」と思っても、もしそれが執着だったら、寂しい心に蓋をした、頭で考えたことになる気がする。

 

 

頭が考えた事を実行するときと、心が感じた事を実行するときとでは、後悔具合に差が出るなぁと思うこの頃。

心が感じたことを選んで失敗しても、「まぁしょうがないか。」と思えるのだけど、

頭で考えたことを選んで失敗した時は、「ほらー!だから言ったじゃん!!」と自分からしつこいクレームが入る。

 

ということで…

あなたの選択が、ますます自分を輝かすものとなりますように。

 

では、またお目にかかれますよう。